仕事が嫌いになる理由


今やっている仕事など好きでもなんでもない。喰っていくためにやっているのだ。

と言うと、好きなものを仕事に出来ているのはプロスポーツ選手ぐらいのものだとか、だったらなぜ好きな仕事をやらないのかなどとたしなめられるものだが、好きなものを仕事にしたら、その仕事が嫌いになるということもある。

IT系の仕事は、いま割と景気がいいから、好き嫌いには関わらず、儲かるからとか、求人が多いからという理由で入ってくる人も多いが、コンピュータのハードウェアやプログラミングが好きで入ってくる人も少なくない。そういう好きで入ってくる人は、好きなことを仕事に出来ていて幸せなのかというと、案外そうでもない。

例えばインフラ系(サーバーとかネットワークを構築するハード屋さん)の技術者は、このくらいのシステムだったら、使用するハードのスペックや、ネットワークの回線の容量はこれくらいが妥当というのを技術的な観点から見積もるわけだが、その見積もりどおりのスペックのハードが導入されることは結構少ない。
多くの場合、ぼったくるために不必要に高スペックなハードを導入したり、逆にコストカットのために危険なぐらいスペックを削ったハードを入れたりする。技術的観点から見て妥当なラインのハードが入ることは、むしろ少ないのではないかという気さえする。

金儲けのために、技術的どころか倫理的・道義的に見てもおかしいのではないかというハードを導入し続けていたら、コンピュータのハードが好きでITの仕事に入ってきた人は、この仕事をやっていて幸せだと感じるだろうか?

むしろコンピュータなど好きでもなんでもなく、金儲けには今はITが最も割がいいからやってるんだという人の方が、見積もりに要らんハードをごーんとのせることや、そんなスペックじゃいつ飛ぶか分らんだろという低スペックだがえらく安いハードを入れることで儲けを出して、よく儲けたといい評価をもらうことに快感や達成感を覚えるのではないだろうか。


仕事は仕事、たかが仕事と割り切った方が精神的には楽だろう。儲けを出すことに大きな価値を見出している人はまた別だろうが。
好きな仕事を、それが好きだからという理由でやるなら、その仕事で儲けのために下らん嘘をつく必要がないくらい、会社の儲けとか業界の和を無視して自分の我儘を通せるぐらいの力が必要なのだと思う。


ということを文章で書くと、無理なく伝わる話になるが、会話として話題に上げるとけっこうとんでもなく場を白くする。会話というのはロジックよりも、その場に集まった人々がどういう立場の人なのか、どんな感情の空気なのか、誰がどう言ったのかということの方が、言っている内容そのものより重要な場合が多い。
高級官僚ばかりが集まっている中で、労働組合の闘士みたいな人が独り気を吐いていても場違いなだけだし、ニート・フリーターの類の人が、過労死するまで働くなんて下らないと言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

人間はつくづく感情の動物なのだということを熟知し、受け入れたた上で、感情を超えた判断をできるのが理性的な人間ということだろうか。
仮にも社会人であるなら、自分の言葉に説得力を持たせて自分の意見が通るように、論旨だけではなく、立場や信用にも気を配るべきだろう。例えそれが建前だとしても。

などという偉そうなことを言える立場じゃ全然ないんですがね、私は(^^;